2017-08

京都大学名誉教授の阪本寧男先生お宅訪問 / 08-11-24

 去る10月4日に第10回吹田くわいネットワーク学習会にお招きした阪本寧男先生の講義がとても興味深かったので、吹田くわいネットワークのメンバーが阪本先生のお宅を訪問して、さらに詳しくお話を伺いました。

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 1974年10月吹田市民生部産業課課長のYさんから南吹田のKさん(74=1900年生まれ)を紹介され話を聞いた。民生部産業課農務係長のOさんが同行した。
 (大正9年)Kさんの二十歳ころにはスイタクワイはたくさんあった。
 南清和園町町から泉殿神社付近にたくさんあった。
 栽培はしてなかった。
 稲刈りしたあと、誰でも掘ってよかった。
 除草剤を使うようになった昭和5年ころには絶滅した。
 昭和30年ころから40坪ほどで栽培を始めた。
 オケグツをはいて田に入った。
 掘ったスイタクワイは高浜神社の近くにあった店に出した。
 「芽が吹く」といってお正月に食べた。

 このほか元町のBさん、内本町2丁目のTさんからも話を聞いた。
 翌年1975年5月に再度、南吹田のKさんを訪ね、話を聞いた。
 スイタクワイがたくさんあったところは泉町、穂波町、南吹田、清和園町、南清和園町、川岸町、寿町1,2丁目、中の島町だった。
 1975年に万博日本庭園に分けた。
 隣人のKmさん(72歳)が所蔵していたクワイ掘り農具1丁とオケグツ一足をもらった。
 井地(いじ=泥田)で用いた舟=足で踏んで水を追い出すもの=は吹田第三小学校にある。
FI149_2E.jpg    FI149_3E.jpg

 さらに1975年6月には役所のOさんも同行して岸部南のスイタクワイ畑を見に行った。
 (この写真は上映されたスライドを写したものです。 後方は大阪学院大学と思われます)
FI149_4E.jpg


 このようにして約3時間にわたって、阪本先生が京都大学助教授時代に精力的にスイタクワイを調査したお話を伺いました。先生はこれらの調査記録を克明にフィールドノートに記載なさってましたし、しかも写真もあるので、私たちが1975年の吹田を調査している気分になりました。


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